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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

珠美の生涯。其の一

珠美の生涯01
先日、同級生が私の出身県の偉い役についた祝賀会があり、
招待状が送られて来たので、珍しく出かける気に成った。
良い思い出の少ない故郷の催し事には出来るだけ出席しなかったのだが、
今回は年を取ったせいか、何となく出席のハガキをだした。

その席で私の昔を知る友人が、
「おい、佐伯先生が亡くなられたそうだぞ」と囁いた。

佐伯珠美先生は私が小学生の時の担任で二年生の時と五年生の時と
二度受け持たれた。
佐伯先生は色黒で額が広く、丸い黒目がちの大きい目が印象的な、
理知的な顔立ちで、平成の現代ならば美人として通るでしょうが、
昭和30年当時は「ジャズやダンスが大好き」と言えば不良呼ばわりされ、
「日本人離れ」した風貌が女性の嫉妬心を煽り、
近所の口煩い「おばさん達」からは余り良い評判は聞かなく、
「男の噂の絶えない女」と陰口を聞くほどの「飛んでる」女性でした。

私はたいして頭が良かった訳では無いのですが、可愛らしい子供だったせいか、
女の先生には(一年生から六年生まで担任は総て女性教員でした)何時も可愛がられ、
佐伯先生からも同級生達からは「贔屓されてる」と言われる程に可愛がられていた。

佐伯先生は何かと用事を作り私に居残りをさせ、二人だけの薄暗くなった教室で、
私を抱きしめたりするのだ、子供ながらに「こんな所誰かに見られたら問題に成る」と
心配して居たのを思い出す。

小柄ですんなりした体格の彼女が抱きしめると、私の顔は乳房に押し付けられ、
身体は下腹部に擦り付けられた。甘酸っぱい女の匂いがして子供のくせに、
性的な強い刺激を受けた。
柔らかくしかも弾力のある乳房に顔を押し付けられるのは苦しくても、
気持ちの良い物だった。でも、恥ずかしさが先行して、
「苦しいよぅ・・・」などと言って、彼女の抱擁から逃れる事ばかり考えていた。
 
珠美の生涯02
私だけの経験ではなく誰にでも覚えが有ると思うが「二年生当時」は、
お医者さんごっこ(故郷でべべごっこ)を頻繁にしていて、女の子の性器を
弄るたびに、土筆のようなチンコを硬くしていたものだ。

年上の女の子が混じって居ると、ツクシンボを割れ目に押し付ける事を
強要される事が有って、「男と女のマンメンジ」と言うものが如何する事なのかは
十分知っていた。

射精を伴わないから男としての快感も知らず、ただ物足りない感じだけが残った。

だから女性器(べべ)をいじると相手も気持ちがいいし、
男はチンコが固く成るのだと承知していた。

しかし、乳房を弄ると女が気持ち良い物だとは当時は知らなかったし、
べべごっこの相手も、未だ乳房の快感など知る由も無い少女ばかりだったから。
佐伯先生は私の顔を乳房の上に押し付けて、ぐりぐりしては溜息をついたり、
腰を震わせたりしていた。

有る日の夕方、先生は襟を開いて乳房を出して、
「乳を飲んでもいいよ」と口元に押し付けた。
照れくさくて「いいよ、いいよ」と顔を背けたが、結局は小さい乳首に吸い付いて、
チュクチュク吸ったり、数年前まで母親の乳首を吸っていた調子で、
乳首を前歯でこそげるなどしていた。

何度も繰り返されるうちに、七歳の子供でも、べべごっこが好きで、
女の子とばかり遊んでいた私には、おぼろげながら、
如何すれば先生が気持ち良くなるのか、次第に判るように成って居た。

先生に抱きしめられると、顔をグリグリと乳を潰すように転がす様に動かし、
乳房を吸う事をせがんだり、学年の終わり頃には長いフレヤースカートの股に
拳を擦りつけて動かしたり、尻の割れ目に手を入れて掴んだりしていた。

いつ叱られるかと、怖くて先生の顔を見られなかったが、
私を抱きしめる腕に力が入って、決して嫌がられて居るのではないと確信を持った。
珠美の生涯03
そんな遊びをする時は、必ずチンコは硬くなり、先生もさりげなく、
ズボンの上から確かめるように触った。
触られると気持ちが良くなり、ずっと、いじっていて欲しいと願った。
家に帰ってからも、ギンギンに立っているチンコに水を掛けて冷ましたことも有る。

未だ先まで皮に覆われていて、鈴口が見えて居る程度で、
勃起すると、ひりひり痛かったと記憶している。

その頃から、先生のことを思いながらチンコを弄る癖が付いて、
五年生に成る頃には、完全に皮が剥けて、
川遊びでふるちんで居るのが恥ずかしかった。
仲間は誰も皮かむりで、私は懐中電灯と仇名をつけられた。

三年生に成り佐伯先生と離れても、彼女を慕う気持ちは、
日毎に強くなって行った。でも他人が居る前では、先生は全く知らん顔をしていて、
私と秘密のことをした仲なのに、冷たいものだとガッカリもした。
未だ人情の機微など判るはずもない年頃だったのである。

それでも校内で先生を見かけると、何かと声を掛けてくれた。
先生はまだ私の事を忘れては居ないのだと嬉しく、恋焦がれて居た。
教育者としてではなく、女としてである。淡い「恋心」と言うような物ではなく、
男としての本能に根ざしたエロスの愛だった。

佐伯先生と再会したのは、五年生に成ってからだった。
私は彼女が本当に好きに成って居た。私は毎日彼女から何か誘いが無いかと
期待に胸を膨らませていた。

先生は相変わらず色は黒く、目玉はぎょろっとしていて変わる事は無かった。
アメリカ映画等の看板に出ている外人の女に良く似ている顔立ちで、
美人の類に入るのでは無いかと、心の恋人を誇りに思ったりした。
五年生の夏休み近くの事だった。私が一人で下校して居ると、
彼女が自転車で追いついて来た。彼女の家と私の家は同じ方向だった。
自転車の後ろに乗せられて彼女の家に着いた。

彼女の自宅は織物工場で、彼女はそこのお嬢様だった。
広い玄関から工場を兼ねた母屋の二階に連れて行かれた。
階下では機織りの織機の音が煩いほど聞こえていた。

  1. 年上の女
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アヤメ草

Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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