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異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。

思い出される昭和のあの日あの頃

柿田川慕情 。其の一

柿田川慕情01
現在恵美子59歳、雄二65歳、二人は30年近く前までは山梨県の
甲府市で小さな工場を経営していた。
主力取引先の「中堅音響機器メーカー」 の下請けとして従業員20名を抱え、
かなり忙しく仕事をしていたのだった。
其れがある日、その取引先が突然に「会社更生法」の適用を申請し倒産してしまった。
手形が不渡りと成ってしまったのだ。総額1500万以上の金額である。
そして其れまでの借入金を含む総額4000万の借財を残して、
二人は、子供3人を連れて故郷三島市に戻ってきたのである。
恵美子29歳、雄二35歳の時で有った。

三島に戻ってからは雄二の両親と同居する事となり、
子供は両親に面倒見てもらいながら、恵美子もスーパーで働き、
雄二は知り合いの町工場で半ば「住み込み」の様にして必死に成って働いた。

そして一〇年借金も、略返し終わった頃、恵美子の心に隙が出来たのか、
其れとも雄二の両親から、
「生活苦対する愚痴を毎日の様に聞かされ」
「悪いのは恵美子だと言わんばかりの、両親の罵りに耐えられなかったのか」
勤め先であるスーバーの店長と「男と女」の関係を持つように成っていた。

生真面目で仕事一途な雄二は、そんな事も露知らず、毎日夜遅くまで働いて居た。

恵美子は店長との関係が深まるに連れ、帰宅時間が遅く成ってきた。
咎める「姑」には
「本部の研修会に行っていた」とか「新店舗の開店準備に駆り出された」
などと言ってその場をかわしていた。

そんなある日の夜、恵美子の勤めるスーパーの同僚と名乗る女から、
「お宅の奥さん、内の店長と浮気してる、ご主人は気付いていないのか」
と言うタレコミの電話があった。
雄二はそんな話も真に受けず「女同士の妬み」からの告げ口と受け流していた。
其れが真実に成って恵美子の口から「別れて欲しい」と告げられたのは1ヶ月後の事で有った。
店長が転勤で埼玉県に行くとい言う、
「私もあの人に着いて行きたい」と言い出したのだ。
さすがの雄二も怒った、結婚以来一度も恵美子に手を上げた事のない雄二で有ったが、
其の時だけは、恵美子の頬を思い切り殴っていた。

その後雄二は「子供達」にこの事実を話して聞かせた。
意外にも、上の二人(長男・長女)は、その事は知ってたよ。と言うのである。
そして「お父さんが仕事ばかりに夢中に成って、お母さんをほったらかしにするからだ」
と雄二が責められた。
「でも俺たちは、お母さんとは一緒に行かないよ、お父さんの傍に居る」と言うのである。

「覆水盆に帰らず」と言う言葉が有る。一度零れた水は元には収まらない。
恵美子はボストンバック一つを持って家を出て行った。
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柿田川慕情 。其のニ

柿田川慕情03
私、
恵美子は今でこそ北関東の地方都市でスナックの雇われママをして居りますが、
30年前までは夫と共に働き、事業の失敗で作った借財を背負いながらも、
普通の主婦として、ごく平凡な生活を送っていたのでございます。
今思えば、あの当時は金の事では大変な思いをしましたが、
三人の子供と真面目な夫に囲まれてそれなりに幸せな一時期でした。

その事を知って居るのは、いまでは私の回りには一人として居ません。
今と成っては、そんな時代も風化した過去と成りつつあります。
おそらく、別れた夫と三人の子供の中にある私の記憶も、
殆ど残っていない事でしょう。

寂しい事です。けれど、六十近くなっても水草稼業に身をやつしているのも、
夫子供と離れて暮らさなければ成らないのも、もとを正せばみんな自分の
せいなのです。

もう二十年前に成るでしょう。
夫と共に働き10年掛かってやっと借財の目途も付いた、心の緩みから、
私は悔やんでも悔やみきれない過ちを犯してしまいました。
それは、夫や子供に対するひどい裏切りでした。

己の身から出た錆で、夫や子供から一生、
恨まれても仕方がないとは重々承知しています。
その上で、還暦を目の前にして私は彼らが恋しくて成らないのです。

すべては、年のせいなのでしょう。幸せだった過去が、
懐かしくて堪らない昨今なのです。出来る事なら、あの暖かい家庭に
もう一度、戻りたい・・・

そう願う事が、どれ程虫のいいことか痛いほど判っているつもりです。
自分の手で壊しておきながら、心休まる家庭が欲しいと望むなど、
決して叶えられる事ではないでしょう。
しかし、失ってみて初めて判る家庭のありがたさなのです。
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柿田川慕情 。其の三

柿田川慕情06
恵美子が雄二の元を去ってから、20年の歳月が流れた。
雄二には5人の孫も出来、現在は末っ子と二人暮しである。
その末っ子は「隆司」と言うのだが、其の隆司の言うには。
「最近姉貴の処に、お母さんから、頻繁に電話が有るらしいよ。
 孫の顔を見たいとか、お父さん元気で居るか、とか言ってるらしい。
 お母さんは今、独り暮らしらしいよ。
 何でも、相手の男は他に女を作って家を出てったらしい。
 もう5年も前の事だってよ。姉貴はお母さんの事嫌ってるからね。
 真面目な姉貴は浮気して、子供を捨てる親は許せない。
 母親として子供命の、姉貴には、お母さんが許せないみたいだよ」

「うぅそんな事が有ったのか、人様の女房に手を出す奴は、元々女に
 だらしない、無責任な奴よ。恵美子も其れに気付いた訳だ。
 其れで恵美子は元気で居るのか」

「あれ、親父は未だお母さんの事気に成るのかい。
 そう言えば、再婚の話しは結構有ったらしいが、皆親父が断った、と言うじゃん。
 今でもお母さんの事が好きならば、親父の方から”帰って来い”と言ってあげたら」

「そう簡単に行くものか。俺だってプライドって言うものもあるさ」

「何言ってるんだい、20年もお母さんを忘れられずに、再婚せずに来たんだろう。
 素直に帰ってきて呉れ、て言えば良いじゃん。
 姉貴は反対するかも知れないけれどね」

「お姉ちゃんだって本当は心の中では”母恋しい”と思ってるよ。
 今子育てに夢中だから、その気持ちを萎えさない為にも、
 子供を捨てた母親を憎む気持ちで、心を支えて居るのさ。
 本当に今一番母親が欲しいのは娘の筈だよ。
 育児のこと、家事の事、何でも相談できるのは母親だからな」
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柿田川慕情 。其の四

柿田川慕情09
二十年の歳月は確実に恵美子を変えていた。
首の辺りの小じわが目立つ、頭髪も白髪が目立つて居る、身長も心持、低く成ったようだ。
豊かだった乳房も垂れ気味だ、全体にやつれが目立つ、苦労したのだろう。

恵美子は私にしがみつく様にして。
「もう貴方の傍を離れない、こんなおバァちゃんでごめんなさい」
「後悔ばかりの二十年だったわ」
「これからは、ずうっと貴方についていくから、捨てないでね」

「俺が愛した女は後にも先にも恵美子一人だよ」
「二十年待って居たんだよ、もう離しはしないさ」

「うれしいわ、本当にごめんなさい」

恵美子は起き上がって私の股間に手を伸ばして来た。
「ねえ、貴方のおチンチン元気だった、何時も夢に出てきていたのよ」
「そして、貴方を求めて一人濡らして泣いて居たわ」

恵美子は私の浴衣の裾を押し開き、ブリーフを引き摺り下ろす様にして取り払った。
未だうな垂れたままの「我が一物」の根元を左手で握り締め、右手で、しこしこと、しごき始めた。
半立ちに成ってきた一物を恵美子は口にくわえてカリの辺りを嘗め回す。
その仕草は二十年前と変わっていなかった。

「ねぇ貴方のおチンチンの毛も随分白いものが目立つわね」

「俺も六十五歳だぞ、何時までも黒いままじゃ居られないさ」

「そうよね、私も五十九歳だものね、私の毛も同じかしら、
自分じゃ気づかないけど、貴方よく見てくれる」

恵美子は大胆にも自ら浴衣の腰の辺りをたくし上げ、私の顔の上に局所を宛がって来た。
所謂69の形に成ったのだ、矢張り恵美子の本質は淫乱なのかも知れない。
良く五年我慢したものだ、と妙に恵美子がいじらしくなって来た。
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柿田川慕情 。其の五

離婚した男女が、再び一緒になるというケースは良くあることだ。
一度は惚れ合った仲。何かが原因となって別れたとしても、
再び互いを求め合う事になっても、なんら不思議ではないだろう。
しかし雄二と恵美子の場合は事情が複雑であった。
恵美子が入籍再婚した相手が五年以上も音信不通で籍が抜けずに居るのだ。
法的に離婚をさせるにも暫く時間がかかりそうである。
◇思い出が蘇る日◇
柿田川慕情11
バス停に向かう坂道に光っていたのは五円玉でした。無意識に拾い上げた私は、
これも無意識に周囲を見回して、苦笑しました。通勤時間を終えた住宅街の道路です。
電線上にカラスがいるだけで、全くの無人、それに、誰がみていたにしても五円玉、
咎め立てする人は居ないだろうに、と苦笑いしたのです。

その五円玉を掌で弄びながら道を下って、私は寺の塀角を左に曲がりました。
その背後にバスが姿が現れ、私は五円玉をジャケットのポケットに落として、
少し先の寺の門前にある、バス停にはしました。

空いている座席に腰を降ろして、車窓の外を一瞥したとき、眺めた景色とはまったく
脈絡の無い、過去の何かのシーンが頭の隅をふとよぎりました。
何だっけ、何かの記憶、五円玉・・・。
思い出せないと気に成ります。私は眼を閉じて、記憶のページを捲りました。
そして、ああ、と独り頷きました。

それは私が恵美子と初めて出会った頃の事でした。
当時私は24歳、恵美子は18歳で勤め先近くのカレー屋のウェイトレスをしておりました。
私は東京の大学を卒業して故郷の三島に帰り、近くの町工場に就職し二年目でした。
ジャケットのポケットに小銭をジャラジャラさせ、昼飯時何気なくふらりと入ったカレー屋。

驚いたことに、とびきり美味しいカレーでした。かなり大きな皿に平べったく盛られてあり、
普通のカレーより赤い色をしていました。確かにカレーなのだけど、
甘くて上品な味がしました。それは、今まで食べたことも無いような味で、
一口食べただけでもう、舌がうっとりとしてしまいました。

そして、そのカレーを私のテーブルに運んでくれたウェイトレスが、恵美子だったのです。
清水の漁師の娘で高校を卒業して、三島の親戚の家に寄宿していました。
仲良くなったのは、それ以来私が、週に三回は其の店に足を運びカレーを
食べ続けて居たからです。

漁師の娘にしては色白の面長で、ちょつと神経質そうな目の表情をしていました。
でも二月も通ううちに、私のテーブルにカレーを運ぶ時だけは、
なんだか恥ずかしそうに笑うようになっていました。
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柿田川慕情 。其の六

◇シーツについた赤い染み◇
柿田川慕情14
私はさらに、尻の穴まで舐めつくしてゆきました。
「いや、いやっ、やめてえっ」
妻は何度もそう叫びましたが、私はもう、すっかり混乱し、興奮しきっていました。
その柔らかさと圧倒的なボリュームの感触が、
むしろ私の方を引きずり込んでゆくような気配で迫ってきていたのです。

やがて恵美子は、声を上げて泣き出しました。
で、ようやく私も、我にかえりました。一体俺は、何をしていたんだ、と。
「ごめん・・・」
小さく震える妻の背中に向かって、そう呟きました。

しばらく沈黙が続きました。
私はもう、うつ伏せの侭の恵美子の横に座りこんで、
そっと背中を撫で続けるしかありません。

まもなく恵美子は泣き止みました。
そして突然起き上がり、何か思い詰めた様な目をして、私をじっと見つめてきました。
「ごめん」
うろたえて私は、同じ台詞を繰り返しました。
そして、つんと尖った紡錘形の乳房を、ちら、と見ました。

「ねえ。ほんとに、あたしのこと、愛してくれてる?」
「もちろんさ。一生大切にするよ」
「ほんとね?」
「うん。ぜったいだよ」
「ごめんなさい」
今度は恵美子の方が誤り、ちょっと気難しげな顔になり、
なんと私の股間に手を伸ばして来たのでした。

「ううっ!」
いきなりペニスを握られたその柔らかい掌の感触に、胸の中がヒヤリとしました。
巧く言えないのだけれど、なにか知らない処に迷い込んだような心地になったのです。

まだ十九歳の清純な女が、こんなことをするなんて・・・
その掌に、心の中を丸ごと包み込まれたような、そんな思わず涙ぐみそうな驚き・・・
普通なら、この女やっぱり処女ではないのか、と疑うところなのでしょうが、
その時の私はそんな迷いはまるでなく、心底俺は今処女の掌に握られている、
と言う感動の中にいました。しかも、其の後恵美子は、目を瞑り、
ゆっくりとペニスに顔を顔を被せてきました。
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姉の千恵子と伯母の喜美代四十歳。其の一

◇初めて見た事◇
近親者との性体験01
裏の森で木の葉ずくが鳴く時代の初夏の頃の思い出話をしてみようと思う。

夜の鳥の声も聞こえず、のんびりとしていた村も今や街と化してしまったが、
性に痺れるような興味のあったあの時代がたまらなく懐かしく思うのは
私一人だけだろうか。

姉の千恵子が私の肩を揺すった。
「ほらっ、下で何か音がしてない」
寝ぼけた眼で耳を澄ませて見たけれど特別の物音は聞こえなかった。
母さんが帰って来たんじゃないかと言うと、ずっと前に誰かと一緒に来たと言った。
「ねぇ、泣いてる様な変な声聞こえない?」
私は布団から起き上がって下に行こうとすると、ダメだと、引き止められた。

姉は私を階段の踊り場に連れて行って、足元の居間と奥の客間を覗かせた。
客間の襖は開いていて、母親が半裸で男に押さえつけられ声を殺して喘いでいた。

良く見ると母の白い腕は男の首にまきついて、白い股が身体の上に重なって、
うねうねと動いている男の裸の尻に絡みつき、ゆらゆらと揺れていた。

私と姉は頬を寄せ息を詰めて、居間の明かりに半分照らされた男女の
絡み合いに見入っていた。

私の背中を抱くようにしゃがみ込んだ姉の身体はうっすらと汗ばみ、
むっと下腹部から酸っぱいような匂いが立ち込めた。
乳首が尖って浴衣越しに私の肩甲骨あたりに擦りつけられていた。
暫くの間、大きく細かく腰を蠢かせて居た姉と私は、動きを止めて上下入れ替わっていた。

母は身体に纏わり着いていたシュミーズを脱ぎ、全裸に成って男の腰を跨いで、
ユラユラと腰を揺らし始めると、乳房が重そうに揺れ、すかさず男の手が伸びて、
二つの乳房を掴んで腰を煽り、ああ、はあ、という溜め息の様な息を吐くのが聞こえた。

「すげえなあ・・・」私はかすれた声で姉に囁いた。
姉はそれには答えず、細かく身体を震わせて息を弾ませ、
乾いた喉にゴクリと空唾を飲み込んだ。

どれくらい時間が過ぎたのか、覗いている二人には長かったようでもあり、おっという間の
ことにも思えたが、母親と見知らぬ男はひしと抱き合って、ううっと呻いて動きを止めた。
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姉の千恵子と伯母の喜美代四十歳。其の二

◇別人のように◇
近親者との性体験04
翌朝、二階から降りる時に姉に、
『姉ちゃん、今夜なっ』と耳打ちした。
「わかんない、ゆうべあんなことしたら月経に成りそうなんよ」

県立の高等女学校二年生にしては小作りな姉は答えた。
台所では味噌汁の良い匂いがしていた。

母は昨夜の事など何も無かった様な顔をしていた。
「ほらっ、急がないと遅れるよ」

私達は父親は東京に本社の有る会社に就職し、地元の工場で働いて居たのだが、
偉く成る為には、本社工場で数年実績を積まなければ成らないと言って、
単身赴任で東京の工場で働いていて帰って来るのは月に一度と盆暮れ位だった。

我が家には自家消費用の小さな畑は有ったが、非農家だったので、
母は織物会社の事務員として勤めていた関係で、朝は家中が忙しかった。

夕方は私が帰り、姉が帰って来てから、暫くしてから母が帰宅していた。
勉強しろなどと言われる事の無かった私は、友達と野球の真似事をしたり、
野山を駆け回って遊んでいた。
当時私は中学一年生だったが、身長はクラスでも一番でかく、
日焼けして逞しい身体は三年生にも負けない位だった。

風呂を沸かすのは私の仕事で、水を汲み薪に火をつけ、火吹き竹で吹き、
太い薪を放り込むと、少し余裕の時間が出来た。
その間に私は風呂に入るのである。初夏の六時は夕陽が沈まず明るかった。

風呂から出た処で、姉が帰って来たのに鉢合わせした。
『姉ちゃん、ほらっ』
私は裸のままで半立ちの陰茎の先を剥いて、赤い亀頭をむき出して見せた。
「ばかみたい。そんなん出しちゃって」
言いながらも姉はそれをそっと掌に包んだ。

途端に陰茎はむくむくと体積をまして、掌一杯に勃起した。
「うわっ。すごい。へぇぇ、こんなんなるんだあ。これがアソコに填まるんだあ」
『そうさ、だから今夜嵌めさせろよ』
「おっかないから嫌だ。でも可愛い」
『姉ちゃんのも見せろよ』
「だめっ。母ちゃんが帰って来るから、さるまたはきなよ」

姉が風呂に入った。私も中に入ろうと、ガラス戸を開けようとしたが、
中から鍵が掛かっていた。
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姉の千恵子と伯母の喜美代四十歳。其の三

◇奥の寝間へ◇
近親者との性体験06
私達の家から百メートルほど離れた所に屋敷森に囲まれた叔父の家があり、
私達は「本家」と呼んでいた。

夏休みに入る前の日曜日の早朝、何時もの様に私は川に仕掛けた置き針を上げに、
行ったが獲物は無かった。朝霧に足を濡らし本家の側を歩いた。
母と姉は日曜日の朝はいつもゆっくりと寝ていて、五時前には起きなかった。

宵待ち草の黄色い花が萎れて露に濡れていたり、藪影には蛍袋の紫の花が
盛んに咲いていた。

放し飼いの本家の犬が、人なつっこく私の後に従って歩いていた。

前方の道から少し高い所に有る畑の中に、寝間着の裾を尻はしょりして、
しゃがんでいたのは叔母の喜美代だった。
実り始めた茄子をもいでいた。ふっくらした顔立ちの優しい女(ひと)で、
私は前から叔母が好きだった。

私の目の高さにしゃがんでいる叔母の寝間着の下はノーズロースで、
白い股の奥には黒い陰毛が見えた。

叔母は其れを隠そうともせず、その侭の格好で手を伸ばし、
ユックリと茄子を鋏で摘み取っていた。

私は目を逸らせたが、白く開かれた股が左右に動き、
黒い艶々した陰毛が見え隠れしていると、
吸い寄せられる様に、視線が其処に戻ってしまうのだった。

「初物だからね、母ちゃんに持って行ってやんな」
叔母はその侭の格好を崩さず、ニ、三歩石垣の上までいざって来て、
籠から紫色の濃い茄子を私に差し出した。

寝間着の襟が肌蹴て、コロコロとした乳房の半分が見えていた。
白いはちきれそうな肉の奥の陰毛の間にひしゃげた形の割れ目が覗いて、
こげ茶色の肉片が垂れ、赤い中身の肉が少し見えていた。

空の魚篭を差し出して、一つ二つと篭が一杯に成るまで茄子を受け取ったが、
金縛りにあった様に割れ目から視線を逸らす事が出来なかった。
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姉の千恵子と伯母の喜美代四十歳。其の四

◇唾をつけ◇
近親者との性体験09
「ああ、いいきもち、すごくいいきもちだよぅ・・・・」
叔母は今まで聞いた事も無い可愛い声で言って頬擦りをして呉れた。
私は重く密着している叔母の乱れた寝間着の腰に腕を回して、
恐る恐る抱いて引き寄せた。

ムクムクと陰茎が再び硬くたちあがった。
「あら、まあ、まあ」
叔母は急いでヌルヌルとチンポを熱い肉の間に嵌め込んで締め付けた。

「みっちゃんのチンポはいいチンポ・・・」
と言いながら口の中に舌を差し込んで、グニグニと捏ね回した。
「オマンコしたん、はじめてかい」

叔母の口から聞いて、これが間違いなくオマンコなんだと確信した。
『はじめてだょ』
「嬉しいょ。みっちゃんの初めての女になったんだもんね」
前後の言葉はおぼろげだが、この初めての女という言葉は忘れられない。
其の言葉を聞いた時、おれは大人に成ったんだな、と強烈に自覚した。

その朝、私はただ叔母の導くまま夢中で三度叔母の身体の中に射精した。
叔母の身体を知った私は、叔母の身辺をうろついていて、
オマンコを遣る機会を狙うようになった。

幾ら私が平均より大柄な子供であっても、
性器そのものは大人に適うものではなかったはずである。
しかし、僅かの間に叔母の仕込が良かったせいで、
完全に亀頭の皮が剥けて叔母は、
「おいしい、おいしい」と喜んでしゃぶるようになった。

私は夏休みになると、叔父の家に時々泊まり込むようになった。
叔母が私の母に交渉して私を泊らせたからである。
叔父も子供のない叔母が母性に目覚めたと笑って居たそうで有る。
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姉の千恵子と伯母の喜美代四十歳。其の五

◇秘密を語った◇
近親者との性体験12
私は姉のきつい膣の中に大量の精液を注ぎ込んで満足すると、その侭眠った。
姉はしくしく泣いていた。何で泣くのかも知らず、妊娠の心配もすることはなく、
全く無責任な初性交でした。
翌朝、姉は泣き腫らした顔で私には一言も口をきかなかった。

姉は次ぎの夜からは自分からズロースを脱いで私を誘った。
その誘いを断る理由もなく、
叔母の暑苦しく一方的にリードされる性交よりも、
自分が主導権の取れる姉との方が楽しく、ワクワクしたものである。

野球仲間の友達が、初めて遣る時はクリームか何かかを
塗ると良いと言ってたのを思い出した。

私は其の夜、寝る前に、母の鏡台の前に置いてあった
「クラブ」だか「ウテナ」だったか忘れたが、
白い小瓶から指先にクリームを少し失敬しておいて、
姉の小さい膣口に塗った。昨夜の様な軋みもなく、
ぐりっと勃起は狭いところを潜って奥まで嵌り込んだ。

『どうだ。痛くねぇだろう』
「痛いよう。でも、ゆうべほどじゃない」

私は抽送をしたり休んだりして、姉が尻を振ったり、
不器用に私の動きに合わせたりするのに感じて、
姉の気持ちなど考える余裕もなく一気に射精した。

其の夜も遅く成ってから、一階では母の喘ぎ声がしていたが、
私と姉は二度目の性交に夢中で、覗きに行く気にも成れなかった。
母の相手が誰であろうと関心がなくなっていた。
しかし、やがて相手の男は本家の叔父で有ることが分かった。

月経が終った叔母と、私は再びオマンコを遣るようになった。
姉の身体も経験して自信がつき、何時もと違って叔母の指示ではなく、
自分が遣りたいように叔母を攻め立てた。
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略奪結婚。其の一

◇本土から来た男◇
略奪結婚03
気がつけば私も、人生八十年の山の八合目をとっくに過ぎていました。
それでなくとも、持病のリュウマチが悪くなる事はあっても良くなるみこみの無い私です。
あとどれくらい生きていられるものなのか判ったものではない。と気弱に成りがちな
今日この頃でございます。

そんな折り、私の脳裏に去来するのは如何しても昔の事ばかりに成ってしまいます。
年を取ると先の事を考えるより、過去の思い出が否応なく蘇ってしまうものなのです。

人生の終焉を間近に控えた身は、己の来し方を振り返ることが多くなります。
私も思い返すともなく、若かりし頃の思い出に浸る毎日を過ごしているのです。

わたしは現在、北九州のある町で夫と共に娘夫婦と同居していますが、
元々は九州の離れ小島の出身でした。
いまは、故郷の島もかなり開発が進み観光地化されて、近代的に変わったようですが、
私の娘時分にはかなり事情が違っていました。

大自然と素朴な人情に恵まれた良い島でした。
しかし、そんな長所とは対照的な因習が残っていました。
それは、略奪婚という女の人格を無視した風習がまかり通って居たことです。

今でこそ、マスコミの間で略奪愛なる言葉が面白半分に持て囃されているようですが、
私の島の略奪婚はそんな甘っちょろい者とは違います。男が気に入った女を力づくで
モノにする、という原始的で恐ろしい因習でした。

そのような風習が色濃く残る、風光明媚な気候風土の島で、私は人生の大半を
送ってきました。当時、島の主な産業は漁業しかしかなく、私の乳は網元として、
地元の漁師たちを取り仕切っていたのです。当然、乳は島の実力者した。

私は網元の家の一人娘として、まさに蝶よ花よと育てられました。家庭だけではなく、
島の者全員から可愛がられ、注目されて大きくなったと言っても過言ではありません。

長じて年頃の娘に成ってからは、その度合いは強まるばかりでした。特に男性たちからは、
憧れの眼差しがイヤと言うほど注がれたのです。

自分で言うのもおこがましいのですが、あの頃の私は島のマドンナの様な存在でした。
私は名士の娘であったばかりでなく、人目を惹かずにはおられない容姿にも恵まれて
いたのです。是も又手前味噌に成ってしまいますが、是でモテない筈が有りませんでした。

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略奪結婚。其の二

◇捧げた純潔◇
生きる事の歓び03
「剛次郎なんか、大嫌い!昔から、とてもしつこかったのよ」
「それだけ、君のことが好きなんだろう。光恵さんは、とてもモテるからね」
「何人、男の人に言い寄られようと、私は竹中さんしかみえない!」

私は、竹中の背中に回した手に力を込めました。竹中も、そんな私を強く抱き締めて
くれたのです。たちまち、胸がキュンと締め付けられる様になりました。

今まで、竹中は私に指一本触れず、男の本能を見せようとはしませんでした。
内心、私はそんな彼を歯痒く思っていました。
しかし、そんな彼が、ついに紳士的な態度を崩そうとしていたのです。私の胸は高鳴りました。
私も精神的ばかりでなく、肉体的にも竹中と結ばれる事を切に願っていたのです。
ようやく、願いが現実に変わろうとしていました。

「嬉しいよ、光恵さん、僕だって、君のことが好きで好きで溜まらないんだ!」
初めて耳にする、愛の言葉でした。私は、己の欲望を抑える事が出来ませんでした。
「カンボーの詩よりも、いまの言葉は感動的だったわ!」
私は、自ら顔を竹中の顔に近づけてゆきました。それは、接吻のおねだりでした。

「いいのかい、光恵さん?」
「もちろん。あなたに、私の総てをあげる。私の純潔をもらって!」
恥ずかしくて、卒倒してしまいそうでした。しかし、暖かく柔らかな感触に唇を塞がれると、
頭の中が真っ白になり何も考えられなくなりました。

それから、竹中は私をゆっくりと畳の上に押し倒してゆきました。私は、もはや自分の
意志によって動くことは出来ず、竹中に総てを委ねるしかありませんでした。
接吻の魔力のせいで、私の肉体は金縛りに遭ったような状態に陥っていたのです。

ようやく願いが叶うという嬉しさは、言うまでもないことでした。
しかし私は初めての体験をまえにして、ものすごい緊張感に押し潰されて仕舞そうでした。

浴衣の前が肌蹴、太腿が思い切り露出してしまった羞恥に、
私は益々身を強ばらせて居ました。露わな太腿に竹中の手が触れただけで、
「ああっ、い、いやっ」
最初の威勢はどこへやら、身の置き場もない心地に成っていたのです。
処女は所詮処女、いざとなると、からきし意気地のない私でした。

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略奪結婚。其の三

◇略奪婚◇
略奪結婚03a
「我慢だよ、我慢してくれ、光恵さん。
 女性なら、誰でも一度は経験する受難なんだ!」
「も、もちろんよ、これで私とあなたは他人ではなくなったんでもの、このくらい・・・」
強がっては見せたものの、下腹の痛みはいや増すばかりでした。

膣の中が、竹中の動きに合わせて引き攣っていました。
気絶するほどの痛苦でしたが、しかしそれでも私はそれなりに満足していました。
これで名実共に、愛する人と一つになれたのですから。

「うううううっ、何てけなげなんだ。いいよ、僕は最高だよっ」
竹中は、快感も佳境に入っていたようでした。自分のことはさておき、
愛する人に歓んで貰えて、私も幸せでした。竹中の律動が、いっそう激しくなりました。

あたかも、血の道を金タカシで擦られているような心地でした。それはそれは、
快感とは程遠い感覚でしたが、幸福感は少しも色褪せることはありませんでした。

「おおおおーっ、ゴメンよ、僕だけ、僕だけこんなイイ思いをして!」
吠えるように叫ぶと、竹中の動きがストップモーションのように静止しました。
直後、私は膣奥に生暖かい飛沫を感じていました。ついに、私達は結ばれたのです。

カラダは痛みにのたうち回っていましたが、精神面では充分、満ち足りた初体験でした。
(これで、私は身も心も竹中のもの、もう、私達を引き裂くものは何もないわ)

もう竹中から離れない・・・私は、本気でそう信じていました。心から陶酔していました。
けれど、コトは私が思うようには運んで呉れませんでした。

竹中と結ばれたあの頃が、私にとっては幸せの絶頂だったかも知れません。
私は、生まれて初めての恋愛に浮かれ切っていました。
他のものは、何も目にはいりませんでした。

しかし、恋する乙女に対して世間は余りにも辛辣でした。
狭い島の事、私と竹中の事は忽ち噂に成ってしまいました。
噂は勿論、父の耳にも届いていました。
「おめえ、村役場の青二才と付き合っているそうだな、光恵?!」
父は、島の人々と同様、私と竹中の交際に反対でした。

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略奪結婚。其の四

◇監禁された花嫁◇
中出し33
「おとなしく言う事を聞くんだっ。おまえは、先からオレのモンだと決まってるんだ!」
「な、何をバカなっ。イヤよ、死んでもイヤぁ!誰が、あんたなんかとっ」
私は、力の限り抵抗を試みました。私には、竹中以外の男に操を許す積りは
有りませんでした。私は死に物狂いで暴れまくりました。

とは言え、剛次郎は筋肉隆々の肉体、力自慢の男です。私がいくら暴れたところで、
彼にしてみれば蚊がブンブン飛び回っているくらいにしか感じていなかったようでした。
「ふふふ。いい根性してる。さすがは、オレの女房になる女だぜ!」
「だ、誰がっ。離して、家に帰してーっ。
 こんなことして、うちの父さんが黙ってるとでも思うのっ?!」

私は、必死でした。死んでも、この荒くれ男から身を守る覚悟でした。しかし、
「ハハハハッ。そりゃあ、剛次郎、良くやった、と褒めてくれるだろうよ。
 光恵、おまえ、今夜の事を網元が知らないとでも思ってるのか?
 網元は、オレと光恵の結婚を望んでるんだぜ。
 村役場の青二才に取られるくらいなら、オレの方がずっとマシだってよ」

剛次郎の勝ち誇ったような台詞を耳にしたとたん、父も、今夜の強奪行為を黙認した?
私は、固まってしまいました。しかし、意外ではありませんでした。
確かに、父は私が漁師と結婚することを強く希望していたのです。

「判ったか?判ったら、観念しろ。あの男より、いい思いをさせてやるからな」
浴衣の紐は解け、もう半分裸の様なものでした。その浴衣まで剥がされ、
私は恥ずかしい生まれたままの姿を明るい電灯の下に晒していたのです。

「思ったより、いいカラダしてるじゃないか。オッパイなんかも、けっこうデカいしょ。
 このカラダならオレのガキを何人も生んで呉れそうだな。
 初物をあの野郎に取られたのは癪に触るが、まあ仕方ねえ」
「ひーっ、や、止めてェっ、助けて、誰かっ。父さん、竹中さーん!」

ガバッと乳房を掴まれると、恐ろしさに生きた空も有りませんでした。
剛次郎のいかつい顔が目のまえに迫り、恐怖がいよいよ募っていったのです。

「いくら、喚いても無駄だよ。オレたちゃ、今夜から夫婦になるんだ!」
剛次郎が、鷲掴みにした乳房をワシワシと揉み始めました。痛みと屈辱のために、
涙がボロボロと溢れ出てきました。もう、諦めるより仕方がありませんでした。
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略奪結婚。其の五

◇女は強い男に惹かれるもの◇
恋人のキス01
現在なら、まず考えられない事でしょうが、それ以来、私は実家へ帰ることが叶わなく
成りました。どんなに泣いて頼んでも、剛次郎はそれを許しては呉れませんでした。
殆ど軟禁状態でした。剛次郎一族に見張られ、私は彼の家から一歩も外に出る事が
出来なかったのです。それどころか、強奪されてまもなく、
「今度の大安の日に、祝言をやる。あ、それから竹中のヤツは、本土へ戻ったそうだぜ」

剛次郎が、こう言い放ったではありませんか。私は、腰を抜かしました。
「な、何ですって?! し、祝言?竹中さんが、この島を出たの?」
「そうだよ、祝言の事は勿論、おまえの親父も了解済みだ。
 それに、竹中、アイツは本当に腰抜けだな。ちょつと、脅かしをかけたら尻尾を巻いて
 退散しちまったぜ」

私がどれほどショックを受けたか、改めてここに書き記すまでも無い事でしょう。
恋人は逃げ、好きでもない相手と無理矢理、結婚させられてしまう己の運命・・・
けれど、その時代、女性は親の言いなりに結婚することが珍しくはありませんでした。
どれほどイヤであろうとも、女の私には選択の余地はなかったのです。

それから、ほどなくして私と剛次郎は盛大な祝言をあげました。
両家の親戚は言うに及ばず、地元の人も自分の事の様に祝福して呉れました。

けれど、当の花嫁である私だけは浮かない表情を消すことが出来ませんでした。
来る日も来る日も、涙を友達に暮らしていました。まるで籠の鳥のような結婚生活でした。

それに、私は剛次郎が恐ろしくて成りませんでした。彼は、私がなかなか心を開かない事に
業を煮やし、事有るごとに私に辛く当たったのです。
「おめえは、まだ竹中の事が忘れられずにいるな?
 だから、そんなにしょぼくれた顔ばかりしてるんだ。ええい、辛気くせえ!たいがいにしろっ」
「あああっ、い、痛いっ!」

剛次郎は気に食わないと、女の私にも平気で暴力を振るいました。
ひどい状況でしたが、よくよく思えば、それも仕方ないことだったのかも知れません。
何しろ、新妻が他の男の影を心の中に宿し続けていたのですから、
新郎だって堪忍出来る筈もなかったのたでしょう。

夫・剛次郎の暴力は、夫婦の営みのとき、とくに顕著でした。新婚当時の性生活は、
それはスリルに満ちていました。私達の交わりは、原始時代のそれそのものでした。
夫は昼夜を問わず、催せばいつでも私に挑んで来ました。私は、それが恐怖で
堪りませんでした。昼間だからといって、気を抜いている暇もありませんでした。


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セックスレス夫婦の今と昔。其の一

◇愛情は芽生えるもの◇
セックスレス夫婦の今と昔01
人の一生を平均八十年とするならば、私の人生は八合目を過ぎた辺りかも知れません。
女六十、波乱の人生続きで、これまでさまざまな劇的出来事の連続でした。

私は昭和二十年、横浜の下町で生まれました。其処は横浜で唯一、
鳳神社が有る遊郭街の近くで、実家は雑貨屋兼タバコ屋を営んでいました。
私は女学校を卒業すると、実家の手伝いを始めたのです。其の頃の私は、
いまでは死語になったタバコ屋の典型的な看板娘でした。

年は二十歳、器量は十人並みでしたが、愛嬌豊かで話好きな私はかなり商売向き
だったのではないかと思います。
「のりちゃん(典子と言います)はホントにいい娘さんだね。可愛いし、働き者だ。
 のりちゃんみたいな娘が、ウチの敏明の嫁に成って呉れたらどんなに良いだろう」
私のファンは大勢いましたが、其の中でも“紅葉湯”の女将さんは、
タバコを買いに来る度にこう漏らしていました。紅葉湯は町内では只一軒の銭湯でした。

「ふふふ、いやだァ、おばさん。会う度にそんな事言って、恥かしいわ。
 敏明さんは、私の事なんかちっとも好きじゃないわよ」
飯塚敏明は女将さんの一人息子で、紅葉湯の跡取りでした。
当時の彼は横浜国立大学経済学部の四年生で、小さい時から頭が良く、
映画俳優にしてもおかしくない二枚目で、近所の娘達の憧れの的でした。
当の私も、小さい頃から敏明に熱を上げていた一人だったのです。

ですから、女将さんの言葉が内心嬉しくて堪りませんでした。
しかし、女将さんの希望が、まさか現実のものに成ろうとは思っても居ませんでした。
なぜなら、敏明が私に特別な感情を持っていないことは明らかだったからです。
いくら若かったとは言え、私にだって其の位の事は判りました。おまけに、敏明には
美人の恋人がいると言う噂がありました。けれど女将さんはとても強硬でした。

「大丈夫だよ、のりちゃん。この私が敏明を説得するからね。
 嫁にするには、のりちゃんみたいな女の子が最高なんだ。
 この私の眼鏡にかなったのりちゃんと結婚するのが、敏明にとっても、
 紅葉湯にとっても一番良い事なんだから・・・」
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セックスレス夫婦の今と昔。其のニ

◇元の恋人の名前!◇セックスレス夫婦の今と昔03
「ねぇ、敏明さん、今夜も疲れてるの?」
その夜も、夫は遅く帰るなり黙りこくったまま、蒲団に入ってしまいました。結婚すれば
夫婦の情も自然と湧いてくる・・・姑の言葉を裏切るような結婚生活の始まりでした。

私達の新婚生活は、世間一般で考えているような甘いものでは有りませんでした。
「ああ、そうさ。仕事が忙しくてね、もうクタクタなんだよ」
新婚の夫は何時も私に背を向けていて、それに不愉快そうでした。

取り付く島の無い夫の態度に、私は我慢が出来ませんでした。
私達にはセックスどころかろくな会話も無かったのです。
はしたないとは思いつつも、私は夫にのしかかっていきました。

「何よ!私だって朝から晩まで働きづめなのよ。毎日毎日番台に座って、
 従業員の世話をして、帳簿をつけて、一日中紅葉湯の仕事をしているんだからっ」
「いいじゃないか、君は紅葉湯と結婚したんだ。最初からそう言っておいただろう?」

私はカッと来ました。夫に愛が無いのは初めから判っていた事ではありました。
けれど、そう面と向かって言われると、私のプライドが許しませんでした。
「ひどいわ、そんな・・・あなたが紅葉湯を継がないから、
 私が代わりに頑張っているんじゃないのっ。それに、仮にも私はあなたの妻なのよ!」
「ああ判った。判ったよ!抱いて欲しいんだろう?抱いてやればいいんだなっ」

ヤケクソの様に吐き捨てると夫は私を蒲団にねじ伏せてきました。
優しい言葉も、情熱的な愛撫もありませんでした。
それどころか、彼は行為に憎悪さえ漂わせていたのです。

この人は私を愛して居るどころか、憎しみすら覚えているかもしれない。
私は痛烈な悲しみに突き上げられていました。もうプライドはズタズタでした。
「ああっ、いゃ、いやょ、いやょ、こんなのっ、やめて、敏明さん!」

悲しきは女の性でした。一応抗いのポーズは取ったものの、
私は夫を拒み切れませんでした。たんに獣欲だけで抱かれるにせよ、
夫と肌を合わせることを私は心と肉体で望んでいたのです。
悔しいけれど、私の方は夫を愛してやまなかったのですから。
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セックスレス夫婦の今と昔。其の三

◇愛の代償行為◇
セックスレス夫婦の今と昔06
どんな形であれ、私にとっては貴重で数少ない夫婦のいとなみでした。
そんな数少ない営みなのに私も彼も余程健康体だったのでしょう、
あるいは神様の思し召しだったのか私は四年の間に一男二女の子供が生まれました。
妊娠中はこれ幸いと夫は私の身体には手を触れては来ませんでしたが、
セックスをすると直ぐ妊娠してしまうのでした。

子供が生まれ子育てに追い捲られている時期は不平不満を言う暇も無く
過ごしたのですが。子育てにも落ち着き、性欲も強くなってきた。
三十才に近くなる頃からが本当の地獄でした。

夫が私を愛していなかったのは百も承知でした。けれど、私は私なりに努力した積もりでした。
夫が私を嫌いなのは、私の器量のせいなのだと思い、せめてみなりだけには気を付けました。
忙しい最中でも、夫がいるときには化粧や髪を整えることを忘れませんでした。
食事の支度にも手を抜きませんでした。煮込み料理が好きな夫の為に、
どんなに疲れていても、時間を惜しまず料理にいそしんでいました。

そんな涙ぐましい努力もみな徒労に終わりました。いつまで経っても、
夫が私の方を振り向いてくれる気配は、微塵も感じられませんでした。

いいえ、それどころかまたぞろ夫の浮気が発覚したのです。もともと夜遅く帰る事の多い
夫でしたが、外泊がちになったのです。食べ物や服装の好みが変わってきたのです。
いままでは殆ど生ものを食べなかったのに、刺身を好むようになったり、
地味な服しか着なかったのが急に派手好みになったり・・・
明らかに、また愛人が出来たとしか考えられませんでした。

都市銀行に勤めていた夫の周りには若い女性が大勢いました。チットの間の浮気は
数え切れないぐらいしてきた事でしょうが、外泊してまでの女はそんなに居ませんでした。
ある日、我慢できなくなって夫に問い詰めました。
「あなた、又女が出来たんじゃないの?近頃おかしいわね!」

彼はいけしゃあしゃあとその事実を認めたのです。いともあっさりと、
銀行の後輩との浮気を白状したのです。予測していた事態とはいえ、
私は愕然としました。浮気自体は十分に考えられることでしたが、
もっともショックだったのは私が詰め寄った時の夫の態度でした。
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セックスレス夫婦の今と昔。其の四

◇凌辱されている実感◇
セックスレス夫婦の今と昔09
快楽を待ちわびてネットリと潤っているワレメに、私は軽く指を触れました。
「ああっ、はああーっ・・・」その途端、身体が小刻みに震えました。
ほんのチョツトした刺激にも、飢えたワレメは過敏な反応を示すのです。
そうなるともう、軽い刺激だけでは物足りなく成りました。

私はしゃにむにワレメを弄り回しました。
今日の夕方一番に来た客のペニスは、すごかったっけ・・・
先っぽがキングコブラの頭みたいに張っていて、胴体も長かった。
それに太さも相当のものだった。馬と比べたって決して見劣りしないに違いない。
(あんな大きなペニスを挿入されたら、一体どんな心地がするだろう。
 きっと、気絶してしまうにちがいない)

私はその客に犯されているところを想像していました。
客の顔はほとんど覚えて居ませんでしたが、ペニスと顔は関係ありません。
ただ、ペニスの色、形までが鮮明に瞼に焼き付いていました。

私は忽ち淫蕩な想像の世界に埋没していました。逞しい男に組み伏せられ、
太腿を押し開かれる。そして、無理矢理あの馬並のペニスを突っ込まれるのだ。
そう考えただけで、愛液がダラダラと流れてきました。荒々しい衝動に駆られ、
私は指を膣奥深く突っ込まずには居られませんでした。

「あああああーっ、い、いやーっ、でももっといれて、いいーっ」
前後左右に腰を振りたてながら、私はしゃにむに指を突き立てていました。
ワレメはグチャグチャとイヤらしい音をたて、歓喜の呻き声さえ上げていました。

私は想像の世界でしか快感を得られない女でした。快感に溺れながらも、
私をそんな女にした夫を怨みました。男のペニスを頭に描きながら、
夫に指一本触れてもらえないわが身を自分で犯すことで、熟れ盛りの肉体を
鎮めるほか手だてのない惨めさと情けなさに泣きました。
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プロフィール

アヤメ草

Author:アヤメ草
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アヤメ草(万屋太郎)です。
演歌の作詞や官能小説書きを趣味とする、
今年72歳に成る“色ボケ爺さん”です。
何時も私のブログを見て頂き
有難う御座います。

私の別ブログ
“詩(うた)と小説で描く「愛の世界」”
も開設から八年目に入り、
多くの作品を公開してまいりました。
此処にはその中から選んだ
昭和時代の懐かしい「あの日あの頃」
の作品をまとめて見ました。

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